2021年06月06日

プロアルティメットプレーヤーになるということ

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今、シアトルに向かう飛行機の中でこれを書いている。
北米プロアルティメットのアメリカンアルティメットディスクリーグ(AUDL)のサンノゼスパイダーズ対シアトルカスケーズの試合に向かうためだ。
遡ること2021年2月、サンノゼスパイダーズと契約を結び、念願のプロアルティメットプレーヤーになることができた。
今日はそのサンノゼスパイダーズの開幕戦だ。

振り返ると1995年4月に初めてアルティメットに出会って早稲田大学のチームに入ってから、26年も経っている。
18歳でアルティメットを始め、今や44歳だ。
ここまで歩んで来た道のりを思うと、なかなか感慨深い。

これまでチームメイトや仲間に恵まれ、国内外でいろいろな経験をしてきたが、プロアルティメットの試合は今日が初だ。
トップチームで自分と一緒にプレーしたことのある人なら誰でも知っているが、自分は決して何かに突出したプレーヤーではない。
背は低いし(北米ではいつもチーム最小)、特にスピードもない。
スローは下手な方ではないが、特段何かに秀でているという訳でもない。

2002年の男子日本代表に落選、2008年のミックス日本代表にも選手としては落選(コーチとしてチームに帯同)。
2016年と2017年はプロアルティメットAUDLのサンディエゴグロウラーズとロサンゼルスアビエイターズのトライアウトに参加するも落選。(アビエイターズのアシスタントコーチに就任)
2018年と2019年は同サンノゼスパイダーズとサンフランシスコフレームスローワーズがに落選。2020年はサンフランシスコフレームスローワーズが消滅したため、サンノゼスパイダーズのみに挑戦するも落選。
2021年はじめ、まだ新型コロナの制限がある中でのサンノゼスパイダーズのトライアウトに参加し、初めてプロ契約を獲得した。

率直にでアルティメットを続けてきてよかったなあと思う。
大学を卒業する時、プロアルティメットリーグなど存在しなかったが、プロになりたいと思い、一番それに近い文化シヤッター・バズバレッツの門を叩いた。
そこで2シーズンプレーし、日本一になった後、世界最高峰の北米でプレーするため、カナダのバンクーバーに渡り、フュリアスジョージに入り、北米一も経験した。
当時はプロリーグはできていなかったが、2012年にプロアルティメットAUDLが設立された。

2016年に初めてトライアウトに参加したが、毎年、トライアウトには落選し続けた。
でも、挑戦し続けた。そして合格することができた。
大学卒業以来の夢が遂に叶ったのだ。

諦めなければ夢は必ず叶う、と自分は思わないが、夢を目指し続ければ叶う確率はあがるとは思う。
ただ、自分は夢を叶えるために、アルティメットを続けてきたわけではない。
おそらく、それだと日本代表選考会やプロチームのトライアウトで何度も落選しているうちに、心が折れてしまった可能性は高い。

自分は夢を目指してはいたが、夢を目指す過程、挑戦そのものを楽しんでいたし、今もそうだ。
言ってみれば、何か目標に向かって努力すること、それに挑戦すること自体を楽しんでおり、目標を達成できるかどうかは二の次なのだ。
もちろん、達成できればそれは嬉しいことだが、それはボーナスのようなものだ。

スポーツ(に限らないが)の世界は厳しく、勝ち負けがルールに従いきっちりとつけられる。
先天的な才能も多いに勝負を左右するし、努力したから、頑張っているから、必ず勝てる訳でもない。
トップレベルになれば、大抵の選手は沢山努力しているし、相当頑張っている。
諦めずに努力すれば必ず夢が可能世界ではないのだ。

たぶん、これは自分がトップレベルでは突出したプレーヤーでなく、代表やプロチームに落選し続けたから、こういう考え方になったのだと思う。
だからこそ、44歳になるまでアルティメットを続けてこれたし、ずっと努力をし続けることができた。
努力自体を楽しく感じられるようになったからだ。

正直な話、プロアルティメットプレーヤーになることは難しいかなあと思っていた。
自分の感覚的には、年齢的な衰えは感じないが、プロチームの首脳陣がメンバーを選ぶ際に自分の年齢が不利に働くことはあるかもしれないと感じていた。
諦めているわけではなかったが、44歳を過ぎてプロ契約を勝ち取ることは一般的に難しいこともよく分かっていた。

でも、努力は続けていた。
本当のところ、プロになれるかはどっちでもよかった。
なぜなら挑戦することが楽しかったからだ。

結果的に、プロになるというボーナスを得ることができた。
ただ、これで終わりではない。
まだまだ沢山叶えたい夢、目標があるからだ。

チームとして勝ちたい、優勝したい、個人としてチームの勝利に貢献したい、活躍したい、点を取りたい、アシストを決めたい、ディフェンスでブロックをしたい、あげれば切りがない。
プロアルティメットプレーヤーとして、これらに向かって努力をする、挑戦することが楽しみでしょうがない。

飛行機がそろそろ着陸する。
試合開始まであと5時間くらいか。
ああ、挑戦が楽しみだ。

※サンノゼスパイダーズ対シアトルカスケーズの試合は、日本時間6/6(日)午前9時開始

・公式ライブ配信サイト(有料)AUDL.tv
月額9.99ドルでAUDL全試合のライブ配信およびアーカイブ映像が視聴できる。
https://www.audl.tv

・AUDLのポッドキャストで自分のことについて取り上げられた際の映像

【日本語訳】
最後に、ひとつ素晴らしい話を紹介したいと思います。この1週間はある一人の日本人アスリートにとって忘れられないものとなりました。ゴルフのマスターズトーナメントで歴史的な勝利をあげた松山英樹のことではありません。みなさんは石井哲(さとる)という名前をご存知ないかもしれませんが、彼はアルティメットのベテラン日本人選手で、あの有名な文化シヤッター・バズバレッツの元メンバーでした。そして、2002年にはカナダ・バンクーバーのフュリアスジョージでUSAアルティメット選手権チャンピオンにもなっています。最近では、2016年から2018年までAUDLのロサンゼルス・アビエイターズでアシスタントコーチを務めていました。自分は彼がロサンゼルス・アビエイターズにいる時に初めて出会い、その後連絡を取り合っていました。そして、去年、光栄にも彼に声をかけてもらい、日本のスーパースター・松野政宏にインタビューをしたりもしました。なお、この数時間のインタビューは彼の通訳のもと、オンラインでライブ配信されました。まだ見ていなかったらアーカイブをぜひ見てみてください。まあそれはさておき、彼は今サンフランシスコに住んでいて、いろいろな経験をしてきましたが、ここからがいい話です。彼、石井哲は44歳にして、サンノゼ・スパイダースの選手としてAUDLでデビューすることになったのです。先週、スパイダースのジャクソン・スターンズGMからこのことを知り、すぐに彼に連絡を取り、お祝いを伝えるとともに、「(今さらプロでやるなんて)どうしたのですか?」と聞きました。正直、彼がプロを目指していると思ってなかったので、「新型コロナで(1年以上アルティメットができなかったから)やりたくなったのですか?」「それともずっと(プロに)なりたかったのですか?」と軽く聞いたのですが、彼の答えはこうでした。「2015年の夏にロサンゼルスに引っ越し、2016年と2017年にロサンゼルス・アビエイターズとサンディエゴ・グロウラーズの入団テストを受けました。そして、2017年の夏にサンフランシスコに引っ越し、2018年と2019年には、サンノゼ・スパイダースとサンフランシスコ・フレームスロワーズの入団テストを受けました。2020年にもサンノゼ・スパイダースの入団テスト(サンフランシスコ・フレームスローワーズは2019年で解散)を受けましたが、一度も選手として声がかかるとことはありませんでした。そして、今年またサンノゼ・スパイダースの入団テストを受け、選手として2021年シーズンの契約を得ることができました。(プロは)ずっとなりたかった長年の夢でした。」みなさん、夢を追いかけ続けましょう。いつ(夢が実現する)その時が来るか分かりませんよ。

・AUDLの注目の選手の一人として紹介されました。
https://theaudl.com/league/news/2021-audl-players-watch-week-1
audl.png

上の動画と同じようなことに加えて、「彼のようなベテランがもたらす経験は若いチームにとっていい効果をもたらすだろう。今週末は彼の個人的な活躍だけなく、
日本のアルティメットがスパイダースのオフェンスに与える影響にも注目だ。」と書かれています。

・スパイダースのレプリカユニフォームはこちらから購入可能です。
https://viiapparel.co/products/san-jose-spiders-2020-replica-jersey-audl
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posted by Ultimate Challenger at 06:10| Comment(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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